プレゼントの憂鬱
早いもので、今年も終わりに近づいてきた。
本当に一年あっという間で、年々そのスピードが速くなっている気がする。
この時期になると、クリスマスのプレゼントを何にしようか頭を悩ませることになる。
お子さんがいる家庭や義家族一族の集まりに行かれる方、恋人へのプレゼント、皆いろいろと悩まれることだろう。
私の悩みは我が家の長女へのプレゼントである。
20歳になる次女は、何かにつけ欲しいものをアピールしてくるし、どうしても困ったら現金やコレクションしているグッズという逃げ道もあるので、比較的わかりやすい。
ところがいわゆる発達にでこぼこがあり、発話も少ない長女の場合、何が欲しいのかがよくわからない。
長女が小さいころは、おもちゃやぬいぐるみ、絵本など、それなりにアイデアもあった。
しかし長女も今や25歳の成人女性。好みも欲しいものも当然子供時代とは変わっている。
普段は施設で暮らしているため、日ごろの行動を観察して推理することもできない。
自分自身がその時期に何が欲しかったかなど、とっくに忘れてしまっているし、違う人間なのだから参考にもならない。
これが欲しいと言ってくれたら、と思ってしまう。
ただ、言ったとしても、それが正解とは限らない。
発話の少ない自閉症スペクトラムの人は、自分の伝えたいことをうまく言葉で表せない。
それは言語をつかさどる回路がうまく機能していなかったり、発話のための筋肉をうまく使えなかったりするためだ。
知能に問題があったり、言いたいことがないわけではない。
例えると、フランス語の文法も知っているし、話したい内容もあるのに、いざ会話しようとするとうまく口が回らない、という状態に似ている。
また、一般的な教育を受けることができない場合が多いため、語彙や言い回しの種類が少ないことがよくある。
そのため多少の発話があってもうまく言い表せず、結局言いやすい語句や、頭に真っ先に浮かんだ単語を言ってしまうこともある。
私たちもフランス語の会話をしている際に(時として日本語であっても)、単語がすぐに出てこなかったり、言いたいこととずれた返答をしてしまうことがあるが、そんな感じである。
つまり、「〇〇が欲しい」と言っても、本当にそれが今一番欲しいものなのか、とりあえずの答えなのかの見極めが難しいのだ。
プレゼントをもらった時も、言葉による反応が難しいため、気に入らない場合はもらったものを放り投げてしまうことがある。
発話に問題がないタイプだと、「こんなものいらない」とはっきり言うこともある。
ある意味自分の感情を隠したり、自分に嘘をつくことができないのだ。
空気や雰囲気を読んで、とりあえず嬉しそうな顔をしてお礼を言うなんてことは至難の業。
なので万一を考えて、高価な壊れやすいものはNGである。
それでも、プレゼントを受け取って喜ぶ笑顔は何物にも代えがたい。
本当に欲しいものを見つけられると私もとても嬉しい。
大当たりを引いた気分である。
また、相手のことを考えて選んだプレゼントであれば、たとえ品物を投げ返されても、共に送られた気持ちや愛情はきっと伝わっていると信じたい。
そして今年はどのような反応をしてくれるかなと、ちょっとドキドキしながら楽しみにしている自分もいる。
プレゼント選びは憂鬱だが、プレゼントをあげたいと思う相手がいることは、幸せなことなのだと思う。
誰かにむけたプレゼントを用意されている方、いいものが見つかりますように。
そして皆様が、優しい気持ちで楽しいクリスマスと年末の時期を過ごされますように。