パラレルワールド

 今から10年ほど前、娘の行動障害が激しくなっていたころ、毎日自宅と職場を往復する中で、私は奇妙な感覚に襲われていた。それは、二つの全く違う世界を行き来しているという感覚である。大富豪の家で働いて貧民街の自宅に帰るとか、アメリカで働いてバングラデシュに帰るとか、地球で働いて火星に帰るとか、要は言語も社会の仕組みも常識も全く違う世界を、自分は行き来しているのだと実感したのである。そしてその差に愕然とし、絶望さえ感じていた。

 もちろん、人はだれでもさまざまなグループや社会を行ったり来たりしているのだが、規格からはずれた家族をもつ私にとって、その落差があまりにも大きく感じられた。世間の多くの人たちは、障害を持つ人との日常など想像もつかないだろう。そもそも、障害を持つ人と、一生会ったこともないという人もいるかもしれない。普段接しないため、どこかで見聞きした情報を、そのままあらゆる障害者に当てはめて考える人もいるだろう。

 幸か不幸か、私たちは二つの世界を知っている。「障害のない/見えない世界」と「障害のある世界」だ。そして後者がどれだけ奥深いものかも知っている。そしてこの世界にいるからこそ培われた能力もある。まずは忍耐力。いろいろな意味で打たれ強くなったと思う。我慢したり、長い目で見たり、批判に耐えたりすることが必要になるからだ。行動力も身につく。自分から情報を取りに行ったり、請願をしたり、新たな療育を試してみたり…。でこぽんに関わるというのもその一つだろう。判断力もしかり。それが最適な判断かどうかはおいておいて、例えば子供の状態を見て、即時に決断を下さないといけないことも多い。例えば店にいた時、まだ待てるのか、即刻帰宅した方がいいのかとか。感情をコントロールする力も磨かれているのだと思う。一喜一憂していたら、とてもじゃないけれど感情や体が追いつかない。もちろん嬉しい時、辛い時はあるが、ちょっと俯瞰して見たり、ほどほどで感じたりするようになる。計画性やオーガナイズ能力も発達する。あらゆる場面を想定して準備をしたり、うまくいかなかった時の対処を考えたり、半日のお出かけであっても、場合によっては数日前から本人に説明をしたりする。フランス語の語彙も増える。例えばMDPH、AAEH、CMP、IMEなどという語句は、こちらの世界にいなければ縁がない語句だろう。お役所宛ての手紙を書き続けたおかげで、公式機関とやりとりする文体などもマスターした。(今はAIに頼めるかも)これらの能力は、どの世界にいても身についていたのかもしれないが、少なくとも私の場合はこちらの世界にいたからこそ発達させて行けたのではないかと思っている。

 この世の中は一種のパラレルワールドであり、いろいろな世界が何層にも重なり合っているのだろう。パン屋の世界、弁護士の世界、カトリック教会の世界、サッカーの世界、ゲイの人の世界、ゲーマーの世界…。その世界は互いに重なり合い、また人々はそういった世界を毎日移動している。「障害のある世界」というのもその一つに過ぎない。ただ、他の世界ほど知られていなかったり、そこでのルールの違いが大きいだけだ。そして、それぞれの世界にそれぞれの特性があり、そこで特に学べることがある。

 二つの世界を行き来する感覚は今でもあるが、それは以前のようにもやもやしたものではなくなっている。この世界でこそ知ることができたこと、会えた人、体験できたことは、他では得られない貴重な人生の一部だ。子供に障害がなければ、これだけ多くの人の献身や善意にも気づけなかったかもしれない。もちろん嫌になることや投げ出したくなることはあるし、バラ色の世界というわけでもない。でもきっと、私たちは人間として大きく成長させてもらっているのだと思う。修行をしないと悟れないこともあるだろう。なので、以前は憂鬱な気分で越えていた他の世界との境界線を、少しドキドキしながら、気合と期待をもって越えていく。今日はどんな発見が待っているだろうか。

Share This